ロットワイラー、ユリアのブログ。横浜市都筑区『夕やけの丘動物病院』には、毎日たくさんの動物がやってきます。
【2016/12/23 23:53】 こんなに大きくなりました!

ピットブルの家族。ななちゃん&はちの赤ちゃんの第1回目のワクチン接種。
















【2016/10/30 23:49】 なんと穏やかなガードドック


世界最強の闘犬、ピットブル。
でも、このふたり。
なんて可愛いんだろう。なんて、穏やかなんだろう。
凶暴だなんて、個体と躾では、全くの誤解。

ななちゃんとはちくんは、優しい家族に囲まれ、物凄く、優しい犬。
めっちゃ、良い仔。

そして、ふたりの愛の証しの赤ちゃんが、来月、誕生します!
楽しみです。












【2015/08/15 18:33】 それぞれの思いのにゃん達。

















沢山のにゃん達が、夕やけホテルにやってきます。
ワンとまた違う、癒しを与えてくれますよね。

緊張しているこ。relaxしているこ。
さまざまです。


まこちゃんも、いつでも、夕やけホテルにいらしてくださいね。



【2015/08/15 00:42】 めっちや可愛い。







スコティッシュのももちゃん。
初ホテルなのに、めっちや、relax。
抱っこすると、縫いぐるみみたいに、ふにゃっふわっ。
可愛い。連れて帰りたいくらい。(笑)

でも、レオンくんが一番可愛いわ。

私の側から離れないレオンくんでした。


【2014/12/29 01:34】 カメラマン大須賀さんへ感謝t

大須賀さん、先日は大変心のこもった素晴らしいユリアの本
贈って頂き、本当に有り難うございました。
ユリアを覚えていて頂いた事、
その後を気にかけて心配して頂いた事でも、充分嬉しかったのですが、
まさかこんな素晴らしい本にして贈って頂けた事、
心より感謝いたします。
家内はページをめくりながらすでに涙を流しておりました。
あの日、あの場所であのタイミング、すべてが巡り逢いだと
決して偶然ではないと、今でも改めて思います。
レジーナでの旅行が、まだ元気があって、走る事が出来た最高で最後の
旅行でした。
ユリア私達ともに、心から楽しく素晴らしい時を過ごす事が出来た
本当に最高の作品と最高の想い出を作る事が出来た
あのかけがえのない時間
紛れもなく大須賀さんのおかげです。
プロカメラマンとしてだけでなく、偽りのない真の優しい人間性を持ち合わせた
大須賀さんにしか撮る事の出来ない、大須賀さんだから撮れた写真だと
改めて思います。
被写体側の気持ち、ファインダーを覗く側の気持ち、これが癒合して
初めて真の最高の瞬間が訪れるものであり、
シャッターをきる前に既にもう、その作品は出来ているのではないか。
楽しい時間を自然体でつくることが出来る人だけが撮れる作品なのだと思います。
あの日大須賀さんは、仕事だというだけではなく、本心から喜んでもらいたい
そういった気持ち、こちらにもユリアにも充分伝わってきました。
そしてこの縁を与えてくださった神様にも感謝したいです。
動物病院で頑張ってきた私共と、癒され支えてくれたユリアへのご褒美だったと思います。
人の思い出や記憶というものは、時間と共に徐々に薄れ、忘れていってしまうものです。
しかし写真はいつまでも永遠にその瞬間を残してくれるもの。
記憶を思い出させてくれるもの。
素晴らしい作品だと思います。
素晴らしい職業だと思います。
誇りの持てる仕事をされていると心から思います。
これからも私達と同じ想い、憶いをもっともっと沢山の動物と
家族の方に感じてもらえるよう、どんどん素晴らしい作品を撮り続けて下さい。
そのことを感謝とともにユリアを代弁してお伝えしたいと思います。
うちを訪れる皆さんにも是非この気持ちを感じてほしいと願います。
ユリアが結んでくれたこの縁を、これからも大切にしたく、今後とも宜しくおつきあい頂ければ幸いです。
本当に有り難うございました。


ユリア、パパ (渡辺英一郎 より

【2014/09/10 00:45】 中央道釈迦堂PA



八ヶ岳の〓に向かう時、中央道のパーキングエリアでひと休み。
 
ユリアの生まれ故郷の甲府の町並み
ここからの眺めを、一緒に眺めたね。
ユリちゃんは、はまっ子だけど、甲府産まれだよー。って、言いながら
 
 



【2014/09/10 00:44】 八ヶ岳高原ロッジ小梨の木



ユリアの魂が宿った小梨の木に挨拶して来ました。
この広場で何度も走り回って、この木の下の木陰でいつも休んだよね。
思い出の一杯詰まったこの場所に来ると、自然と涙が溢れて来るね。
清々しい雲ひとつ無い青い空。
これからも、何度も訪れるよ。
英一郎より




【2014/07/11 00:42】 ユリアの想い出2by英一郎パパ


 
開院当初、ユリアは他の犬達と友好的で、病院内を自由にさせており
したが
猫や小型犬をお連れの方には、怖がらせる事になってしまうのと、
仕事中ヤンチャ真っ盛りのユリアを、常に注意を払っておく事が難し
なり、
裏扉前に繋いでおく事が増えました。
待合室では、パパママが自分以外の犬や飼い主さんと、時には楽しく 
やっている声を聞いては、
気になって後脚でぴょんぴょんジャンプしては、扉のガラス窓から待
室の様子を

伺っておりました。
昔からの患者.さんは、ユリアのこのぴょんぴょんを覚えていてくれてるかもしれませんね。
 
この頃から やきもち焼きにさせてしまったように感じます。

 
当時、ドッグトレーナーの山崎先生がパピーパーティーを院内で開い
 
ておりまして、
病院が忙しい時は、よく先生にトレーニングを兼ねて散歩に連れて行
て頂きました。本当に山崎先生にはお世話になりましたし、可愛がってもらいました。ユリアのお供えにとても素敵な胡蝶蘭を頂戴しました。
 

もう少し厳しいしつけも必要と考え、短い間でしたがスクールに預けた 
事もありました。
 
迎えに行った時の、”今日はもう絶対に連れて帰って下さーい!”とい 

う必死な顔、思わず、卒業を待たずにに連れて帰ってきてしまいました。落第生です。でもいいのです。お馬鹿さんでも、僕達には服従できていましたから。
 

しかし、車に乗った時の半端でない喜び様、帰宅後真っ黒になっていた体をシャンプーした流す水の色が
ガンジス川のようだったのを思い出されます 笑
 
休診日には、随分遠くまで散歩に行ったものでした。
 
最初の海デビューは燦々たるもので、小心者で波を怖がるのを無理矢

抱き入れてしまった為、
泳ぐのは大好きでしたが、砂浜の波はトラウマとなって最後まで苦手
したね。
ユリアを海難救助犬へとの親の夢は、この時点で果敢なく散っていく
であります。
 

 
当時、写真撮影の依頼が何度かありました。
I,m homeという注文住宅のデザインを特集した雑誌が当時、
犬が表紙に登場しており、横浜の洋館で撮影が行なわれました。
暑い室内で、片腕をいつも曲げて寝そべる癖を、プロカメラマンの注
通り
両腕を延ばしてくれず、やっと出来た写真がこれです。
ユリアが唯一お小遣いを稼いだ時でありました。
 

THE DOGの魚眼レンズでおなじみのカレンダーにも抜擢されたのですが、
初めてのスタジオ内で、大型の撮影する度に出るフラッシュ音が駄目で、
結局世界デビューの夢もまた、小心者にて潰えた次第です。
しかし、何気に、Cardとして発売されていたのには〓〓ばっちり〓〓でしょ。このどや顔
 
苦手な音には最後までダメダメでした。

夏の花火や爆竹、盆踊りの太鼓、雷からゲートボールの打球音ま 
で、、、。
大好きな音は ごはんの開封音と玄関の扉の解錠音
ただし苦手ではないけれど、施錠音を部屋の中から聞く時が、きっと
番大嫌いだっただろうな。
 
 

 続く
 
 



【2014/06/26 03:50】 ユリアの想い出by英一郎パパ



 
 
愛娘ユリア
 
13年前の夕やけの丘動物病院開院日6月21日、まだ子供だった我が 
愛娘ユリアは、
13年後の同じ日に天国へ旅立ってしまいました。
 

私共、夕やけの丘動物病院は、ロゴマークであるユリアと共に始まり 
ました。
ユリアと最初に訪れた夕やけ橋から見た夕やけが、あまりにも美しく 
奇麗であり
夕やけの丘動物病院と命名しました。
マネージャーの裕子ママと私、アメショーチンチラミックスの息子レ 
オンとユリア
それぞれ二人三脚(二猫犬三脚?)で最初から全力で突っ走ってまい 

りました。
 
夕やけの動物病院に関わるすべての動物と家族の人々を同じように大 
切に、心からHAPPYにする事を信念に。
それこそが我々の使命であると、、。
幼かったユリア、レオンを育てながら、全力での仕事との掛け持ちの 
日々は、とても大変な事でしたが

どちらも心からやりがいを感じ毎日がとても充実した日々でした。
 
まずは、ユリアの生い立ちについてお話しさせて頂きます。
13年前の2月18日、僕が山梨県のノア動物病院の副院長 
だった頃、
ユリアの母ローズが具合が悪いと急患で運び込まれました。

屋外で自由に育ったおとなしい性格のローズは妊娠していて、それを 
飼い主さんは気づいておりませんでした。
来院時、腎不全でぐったりしており、ロットワイラーとしては小柄な 
ローズのお腹には12頭の子がいました。
 

大型犬は多産ですが12頭は多く、腹圧が高くなり会陰部から膀 
胱が脱失、ヘルニアとなり排尿が出来なくなっておりました。
 
助かるには直ぐに開腹し、帝王切開にて胎児を取り出し、膀胱を元に 
戻す必要がありましたが、
飼い主さんは当初子犬の行く末から、堕胎を希望されました。
 

それではローズの命も助ける事は出来ないと説得し、その場で緊急オ 
ペとなりました。
胎児の半数はすでに亡くなっており、6頭のうち3頭は心拍も 
も微弱で、獣医、看護士総出での懸命の蘇生処置も実らず
最終的に3頭だけが何とか残りました。
ハムスターの様に小さかった未熟児の1頭は、ミルクをうまく 

飲めず肺炎にて酸素室で育ちました。
当時、看護士の山田さんが、ブリーダーから学んだ乳幼児を育てた経 
験が豊富であり、夜中も数時間置きに授乳させてくれたおかげで、
無事に育つ事が出来ました。

それがユリアです。
 

母ローズは腎不全のダメージが大きく、入院数日後亡くなりました。
残った3頭はその為、母親を知りません。
少なくとも産まれて大事な数ヶ月どころか全く母親の温もりも与えて 
やる事が出来ませんでした。
 

その後3頭は分院の入院室で育てられ、その間里親を捜しましたが、 
何せ当時ロットワイラーという犬種自体、殆どの獣医師ですら
知らなかった時代ですし、普通の飼い主が育て上げるにはハードルの 
高いものでした。
 

貰い手は居なく、最終的に看護士の当時お世話になったブリーダーの高木さんが育ててみたいということになりました。今では優秀なロットワイラーを育て上げてくれていますし、ユリア達のDNAを引き継いでくれるロットワイラーを育ててくれています。
 
 
その時、同僚の音成獣医師(現.オーシャン動物病院院長)から1頭づつ引き取らないかという 

提案がありました。
 
僕は最初に勤めた、ながいき動物病院の院長から、ロットワイラーの 
素晴らしさを聞いていた事、
サンタモニカの再従兄弟が、僕が学生時代ステイしていた時に代々 
ドーベルマン親子が家族に居て、有名な整形外科医の病院に
いつも連れて行ってくれていて、彼がその後ロットワイラーを買い始 

めて改めてその素晴らしさをいつも話していたものでした。
 
我々は分院の2階に住んでいたことから、家内も世話を手伝うように 
なり、お兄ちゃんライカを音成先生が、雌の一頭ベアを高木さ 
んが、

残ったユリアを私共の家族にする事になりました。
 
肺炎を煩って、一時期あまり栄養が思うように採れなかったことも 
あってか、ユリアは人一倍食いしん坊でした。
ライカと二人いつもじゃれ合っていましたが、その頃から負けん気は 
強かったです。

(家内のマネージャーと境遇が似てる?笑)
それでいて人一倍小心者でもあり、初めて自分でWANと鳴いた 
時、自分の声にびっくりして尻餅をついていたのは未だに笑えます。

(家内のマネージャーとそこは真逆ですが! 笑)
 
そんな訳で、我々は家族として迎えるにあたっては、こいつを絶対世 
界一幸せにしようと誓いました。

 

続く
 



【2013/10/06 01:12】 二人の関係







プロフィール

ユリア

Author:ユリア
ユリアのお家は、夕やけの丘動物病院です。
獣医のパパと優しいママ、猫のレオン、チンチラのジョージ、優秀な動物病院のスタッフに囲まれて楽しい日々を過ごしています。

家族写真

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Tel. 045-949-4970
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